添乗員として行った海外

アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、スイス、オーストリア、イタリア、スペイン、スウェーデン、ノルーウェイ、フィンランド、ギリシャ、オランダ、中国、台湾、韓国、香港、インドネシア、オーストラリア、メキシコなどなどへ添乗してきました。そこで私がまた行きたいなと思うところをご紹介できればと考えています。

アメリカビザ代行に思う事

最初に依頼された時、二つ返事で引き受けたのです。
いざ、作業にかかろうと思ったところ、
何から始めたらいいのかさっぱりわかりませんでした。
でも、わからないでは始まらないので
アメリカ領事館のウェブサイトから読み解いていくことから始めました。

どんな情報が必要なのかを徹底的に調査しできたのが
エクセルファイル。
このエクセルファイルに必要事項を記入頂き
写真のデータとともに送って頂き
1−20の情報とともに入力開始。

最初受け付けたのが10人以上の人数のビザ代行。
クリアしないといけないことが次々と出てきて
それを解決しながらビザ面接日設定までこぎつけたのです。

今ではビザ取得手続きの全体像が頭に入っているので
手続き作業も短時間で出来るようになりました。

でも、情報を最低3回確認しながらの作業は本当に疲れます。
面倒と考えずに徹底的に情報を確認を行い続けています。
ですので、今まで1度の失敗もありませんし、
失敗は許されないのです。

アメリカ留学を思い立たれたら是非下記のサイトをご覧ください。


アメリカ語学留学、大学、社会人留学、目的別留学、USCPA留学はオフィスアメリカへどうぞ。


留学体験からアメリカビザ事情

留学体験は、3度。
1度目は大学3回生の時に、イギリスへ。
4回生の時、1年休学して、アメリカへ。
社会人になって30代の時、社命でイギリスへ留学させていただきました。

1度目の留学先は、イギリス、ロンドンから南へ車で2時間から3時間ほど走った小さな港町でした。ボーンマスと言います。

大学の友人とJTB主催の留学ツアーに参加したのです。
大学でも留学コースありましたが、大学のそれは、ホームステイが1週間と短かく、JTB主催の留学コースがホームステイ3週間だったので、そのツアーに決めました。

初めての海外がイギリス留学でした。

出発の日がやって来ました。
我々は、日本航空に乗り込み、座席に着席。

さっそくアルコールを注文し、代金を支払った。
(その当時は、アルコール類は有料でした)

飛行機は空路アンカレッジへ。
給油しないと、ヨーロッパの都市までは飛べないのです。

アンカレッジ到着。

空港へ降りると、免税店の係の人が免税について説明していた。
我々は興味もなかったので、カップうどんを食べに行った。

アンカレッジを出発して、イギリスのロンドンのヒースロー空港へ。

入国手続きを済ませ、バスへ乗り込みボーンマスの語学学校へ。

ボーンマスの学校でランドレディーが待っていてくれた。

一緒に授業を受ける仲間はツアーの団員です。
英語の環境をそのまま、イギリスへ変えただけ。
なので、授業中は、日本語禁止となりました。

が、授業外では、日本語が飛び交っていましたので、
これでは、英語の向上はあまり期待できないなあと。

ただ、ホームステイなので、
その家族の人たちと積極的に会話を持った。

怒られたことが一度だけあります。
お風呂から出た後、バスタブのお湯を抜かなかったのです。
イギリスは習慣として、お湯をため続けることはないのです。

留学期間中、週末を利用して、ロンドンへ再々出かけました
ケンブリッジで学んでいた仲間とロンドンで落ち合った時のこと。
久しぶりに会った時の第一声が、「ホテルでお金を盗まれた」

ホテルに現金を預けて外出し、ホテルへ戻ってお金を出そうとしたら
その事実はないと否定され、ホテル従業員にお金を盗まれていた。

我々が止まったホテルは3流ホテルだったのがいけなかった。

ホームステイの3週間が終わり、
我々は、ロンドンで合流し、ロンドン郊外の港へ急いだ。

その港から、オランダへ。

1泊船中泊。

朝早くオランダへ到着。

鉄道に乗り、目指すところへ。
が、ここで、事件が。

私のユーレイルパスが見つからないのです。
1等にのれるチケットなのです。

2等のチケットを買って、ミュンヘンまで行った。
到着し、スーツケースを押しながら、地図を頼りにスチューデントホステルへ。
10分から15分歩き、やっと到着。

そこのホステルは綺麗で、さすがにスチューデントホステル発祥の国だなあと感心。

ミュンヘンでは、ホフブロイハウスでビール三昧を楽しんだ。

パリ市内を見学したのち、待ち合わせのオルリー空港付近のホテルへ。

全員そろい帰国の途へ。

英語の実力がまだまだと実感し、帰国後すぐに両親に会いに行き、
アメリカへの留学をお願いしました。
最初はなかなかOKが出なかったが、
3ヶ月粘った甲斐があり、アメリカへ行かせてもらうことになった。

イギリス留学の翌年、1年休学してアメリカへ行った。
この留学先は自分で見つけ、ビザ申請書も自分でタイプ打ちした。
さらに、アメリカへの格安チケットを探し、そのチケットで訪米した。

単身アメリカへ行ったのですが、飛行機の隣の女性と機内で仲良くなり
ロサンゼルス空港で、彼女の彼氏にホテルまで送ってもらった。
翌日、ロサンゼルスからサンフランシスコへ飛んだ。

留学先のオークランドにあるホリーネイムズカレッジへ。
そこでは、寮住まいで二人部屋。

シェアする人は日本人以外の人。

どのクラスに入るかの試験を初日に受けた。

成績は10段階で7で、まあまあでした。
そのクラスに行ってみると、日本人の女性が一人いました。
(その女性、今は、わたくしのビジネスパートナー)
クラスメイトには、中南米、中国、韓国からの生徒たちです。

クラスは、約10人ほどで構成され
人種のるつぼと化していた。

ただ、この学校も日本人はたくさんいました。
知り合いのなった日本人は、10人ほどかなあ。

日本人村ができて、村の村長が決められて
ルールが決められてと、楽しい留学生活が送れました。

日本人以外の友達もたくさんできたし
英語を頻繁に使っていましたので、
イギリス留学よりははるかに英語を勉強する環境としては良かったと思います。

学校のエクスカーションでヨセミテへバス数台で行き
2泊し、馬に乗ったりと様々なことをして有意義な時を過ごしたり
車を借りて1週間の旅行に出たり、
アメリカの免許を取ったりとなかなか経験できないことをしました。

6ヶ月留学後、帰国して、大学卒業し、旅行会社へ。

旅行会社へ入社して、7年目でグアムへ行く団体を獲得しました。
事前説明会、添乗そして、集金と、無事すべての工程を終了。

その後、海外添乗の機会が増えていきました。

会社が主催したヨーロッパの集客がすごく
添乗員の数が足らなくなり、営業マンである私にもお声がかかってきました。
所属所長の許可を得て、ヨーロッパツアーの添乗員として何回も行きました。

会社が、イギリスの語学学校とのつながりができて、
社内で2人、その語学学校へ留学することが決まった。

初年度は成功裏に終わり、次の2人を選ぶことになった。

誰を選んだらいいのか会社でも判断がつかず、
全社員が英語のテストを受けることになった。
その結果、私と1つ下の後輩が選ばれました。

私は夏にイギリス留学することになりました。
目的場所は、フォークストン。
ドーバーの隣の町。

一つの条件は社長と英語で文通することでした。
その時の社長は英検1級の持ち主。

そこで、ある手を使いました。
ランドレディーに手紙作成のお手伝いをしてもらったのです。
帰国後社長に褒められたのは言うまでもありません。

最初の4週間はベーシッククラスへ。
そこの授業、中学生程度の内容だったので
楽しく授業を受けることができ、
外国人の方々とも友達になりました。

スイス人とスペイン人の女性と1日日帰り旅行もしました。
自転車でフォークストンからドーバーキャッスル往復。
楽しかったなあ。

クラスメイトには、スペイン人、イタリア人、スイス人、
フランス人、ドイツ人、アラブ首長国連邦の人など多彩でした。

ホームステイ先にも恵まれました。
ランドレディーが様々な国の料理を作ってくれ
ディナーの後、アルコールもふるまってくれたので留学期間中は満足でした。

4週間がたち、ベーシッククラスからアッパークラスへ。

そこでは、英語を勉強するというより、
英語を使ったビジネスをするという内容でした。

輸出入のビジネスを想定して、
会社の代表として、意見を述べるのです。
これには、まいりました。

授業までの準備が半端ではなかったからです。

アッパークラスでは、その語学学校の校長先生が
運転手となり、バブクロールが行われました。

パブクロールとは、数カ所のパブめぐりで
パブの自信の逸品料理を頂ながら、ビールをいただく。
しばらくして、また、次のパブへ。

その学校にも日本人はたくさんいましたが、
接する機会はあまりなかったので、英語の勉強にはもってこいでした。

無事、語学学校の全てのカリキュラムを終了し、
私は、現地で知り合った日本人の男性と一緒に
インターシティーでスコットランドへ。

エジンバラでレンタカーを借りて、エジンバラ城などを見学し
エジンバラ郊外のプチホテルへ宿泊。

翌日、セントアンドリュースのデュプリコースでゴルフをし
一路、アバディーンへ。アバディーンの民宿へ宿泊。

アバディーの民宿では大げんか。

セントアンドリュースの出発が遅れ、
途中、パブの電話を借りて、遅くなることを伝えていたのです。
夕食を済ませずに、民宿へ到着。

オーナーはご機嫌斜め。

これから、夕食に行くと伝えたら、NOの回答。
門限が過ぎているので、この日の夕食は無しに。

オーナーと口論となったが、あきらめ早めに就寝。
朝、朝食会場へ行くと、オーナーがにこにこしていた。
昨晩は、悪かったと。

朝食を済ませ、ネス湖経由でグラスゴーへ。

グラスゴーで日本食をいただき、ホッと。

知り合いとそこで別れ、
一人でピーターラビットの故郷の湖水地方へ。
そこで、2泊。

湖水地方から、オックスフォードやストラトフォード=アポン=エイヴォンへ。

オックスフォードでは、大学の敷地を散策。

ストラトフォード=アポン=エイヴォンでは、
シェイクスピア劇場の見学したり、シェイクスピアの生家へ行ったりと
中世の歴史について親しみました。

ヒースロー空港付近のホテルに宿泊し、翌日、日本へ帰国。

1回目の留学では、日本人の団体だったので、
英語の勉強ははかどらなかったですね。
が、2回目、3回目は一人で行ったので1回目よりは英語身についたと信じます。

昔に比べて、英語を勉強するために留学をするという人は少なくなっているそうです。

インターネット技術が発達しているので、
日本にいても、安価でネイティブと直接マンツーマンで英会話のレッスンが受けられる。
毎日英会話を練習しても、月額1万円未満で可能なのです。

また、日本でも英語村構想があるようです。
その英語村では、日本語禁止で、もちろん使う言語は英語のみです。

そんな現在の環境なので、わざわざアメリカやイギリスへ行って
英会話の勉強をしなくてもと私も考えます。

留学生の数は2006年にピークとなり、
それから毎年減少している
留学先はアメリカが一番ですが、そのアメリカへの留学生も年々減少しています。

2012年の夏から、友人の依頼で
アメリカへの短期留学の学生ビザ取得の代行をしています。

メインは、USCPAの勉強。

私が旅行会社にいたころのビザ取得は、
書類を揃えて、ビザ専門の会社へ持っていき、
ビザ専門業者がビザを取得してくれた。

今では、ネット技術が発達し、
アメリカのビザ取得は全てネットを介してとなります。

まず、Apply For a Nonimmigrant Visaへ入力し、
完了したら、米国ビザの申請をして面談予約まで取り
所定の並びの書類を整え、面談日、面談時間に領事館へ出向き、
ビザ取得。

面談の予約までを代行します。

ビザ取得料金は日本国内の領事館に支払う手数料は
ドルで提示されますが、T$のレートが決められています。

学生ビザはさらに米国本国に手数料をし払わないといけません。
ドルでの支払いとなります。

支払った日のレートが適用になります。

2012年に友人から、「アメリカ留学生ビザ代行してくれませんか?」と依頼され
私は、気軽にOKを出しました。

引き受けてから大変でした。

それから領事館や他社のビザ代行のサイトなど閲覧し、
どんな項目が必要なのかを調べることから始めました。

領事館のビザについてのサイトを和訳しながら
項目をチェックし、それらをまず箇条書きにしました。
それを元に、参加の学生に渡す書類をエクセルで作成し
サイトにアップして、ダウンロードできるようにしました。

最初に年は、ネットでの入力がうまくいかず、
領事館のエージェント(外国人で日本語が分かるが、細かいことはわからない)とやり取りした。

写真がうまくアップロードできないのにも困りました。

写真をツールでトリミングや軽くすることでクリアできました。

全ての作業が完了したのが、出発の1週間前。

先の見えない作業でしたので、はらはらドキドキでした。
つたない文章に最後までお付き合いいただきありがとうございます。
posted by 添乗員 at 11:44 | Comment(0) | 海外留学

海外へ仕事で行くには2か国語は必要

20代後半から海外への仕事が徐々に増えて30代後半になると、
毎月違う国行っていた。
荷造りがすごく大変だったことを覚えています。

北欧からもどった1週間後、オーストラリアへ行ったとか
その2週間後韓国へ行ったとか、さらに10日後アメリカへなどなど。

相当忙しい1年を過ごしたことがあります。
忙しかったけど、充実していたなあと。

やはり海外はすべてが英語通じませんので、
英語の他にもう一つ外国語を身につけたら旅行楽しめますし、
ビジネスも幅を広げられると。

一時期4カ国語を勉強したことある。
英語はビジネス英語、スペイン語、中国語、ハングル語。

その当時はスペインやメキシコ、中国の新疆自治区やソウルやプサンなどに訪れた。
やはり、2か国語以上を身に着けると、強い。

外国語を身に着ける方法は一つ。
まずは外国語の環境をつくる事。
毎日覚えた英語(単語、熟語、文章)を毎日テキスト見ないで口に出す事。
それを毎日毎日続けること。

あっという間に日常での会話は身についています。

教材はなんでもOKです。
ただし、ネイティブが実際に喋る文章が載っている教材でないといけない。

英会話独学に関する記事を書いています。
posted by 添乗員 at 19:32 | 語学

娘がパスポートを取得した

高校1年生の娘がパスポートを取得した。
それは、今年の7月の夏休みに修学旅行でオーストラリアへ行くため。
現地でホームステイするとのこと。
それまでに英語を、英語であいさつから、日本の文化を英語で言えるようにしてほしい。

私が初めてパスポートを取ったのが、大学生の3年の時。
初めての海外がイギリス3週間の英語留学と1週間のドイツ、フランス。
イギリス3週間では、ロンドンやケンブリッジそしてマンチェスターなどを観光した。

3週間のホームステイでは、英語に慣れるだけでしゃべれると勘違いしたような。
帰国してすぐにアメリカへの留学の準備をし、翌年の9月に1人でアメリカへ渡った。

でも、今、我が家でパスポートを持っているのが娘一人きり。
私も早く余裕が出てきたら、妻と一緒に海外旅行へ。
その時が多分来年だろうと考えていますが、
まずは、スペインとイタリアとフランスへ。
目的はワイナリー巡り。

列車とレンタカーとそしてプチホテル。
現地の言葉でワイナリーのオーナーとワイン談義をしたいものです。
スペインでは、リオハ。
フランスはパリからTGVで南下。
イタリア中部から南下。
posted by 添乗員 at 19:29 | Comment(0) | 海外旅行

海外航空券だけを予約して

今やネットで海外航空券を手配できる時代になってきている。
先日、前職の後輩に航空券のみの相談を行ったところ、あまりうまみがないと言われた。
それもそうだと思う。

私が妻と一緒に海外旅行する場合は、航空券と現地ホテル1泊か2泊を予約していくと思う。
現地でいろいろなことが予約できると思っているからです。
添乗員として行ったとき、現地でいろいろなツアーを予約したりオプショナルツアーを作って募集したりした。なので、出来るかなあと。

でも、年齢が・・・。

やはり、込みのツアーを依頼するかもしれない。
それなら、JTBかJALパックかなあ。

行く先に親族がいるという人と話すことができた。
その人は、息子が現地にいるので、空港まで迎えに来てくれるとのこと。
そうでないと、航空券のみではいけないと。

これからだと、香港、シンガポールそしてオーストラリアやニュージーランドかなあ。

posted by 添乗員 at 18:42 | 海外旅行